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加賀神社・潜戸の太陽神とクリスマスの起源

出雲国風土記に記される『加賀神社(かかじんじゃ)』は、島根県松江市島根町にある静かなお社です。


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実はここに、大変重要な由緒がありました。
別名を潜戸大明神と呼ばれるように、もとはこの洞窟に鎮座していたのです。


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ここは加賀の潜戸(くけど)です。
この鳥居の場所で生まれたのは「佐太大神」で、その母神である枳佐加比売命(きさかひめのみこと)を加賀神社が祭ります。


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『出雲国風土記』の「加賀の神埼」には、こんなことが記されています。

ここに岩屋がある。高さは一丈ばかり、周囲は五百二歩ほどある。東と西と北とは通じている。いわゆる佐太の大神のお産まれになった場所である。お産まれになろうとしたちょうどそのときになると、弓箭が亡くなった。その時御祖神魂命の御子の枳佐加比売命が祈願して、「私の御子が麻須良神の御子でおありなさるならば、亡くなった弓箭よ出てこい」と祈願された。

また金の弓箭が流れて出てきた。すなわちこれを待ち取って、「なんと暗い窟であろうか。」と仰せられて岩壁を突き破って射通しされた。すなわち御祖支佐加比売命の社がここに鎮座していられる。今の人はこの岩窟の近くを通るときは必ず声を岩窟に反響させてとどろかしていく。もしこっそり行ったりする者があねと、神が現れて突風を巻き起こし、行く船は必ず転覆してしまうのである。



風土記のこの神話について、大林太良や吉田敦彦は、イランのミスラ神話との類似を指摘しています。
イランには古くから水辺の洞窟におけるミスラの誕生を物語る神話がありました。
これがローマ時代にさかんになった、ミスラを主神とする密儀宗教に採りいれられ、闇の世界に光をもたらす救世主ミスラの神話となったというのです。

この神話では、ミスラは生まれるとすぐに弓矢を見つけて取り上げ、この弓矢で岩を射て水を噴出させ、また光の矢を放って闇を象徴する野獣を退治したとされます。


潜戸の洞窟に夏至の朝日が輝くことについては、以前記事にしました。


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「生まれてくる私の御子が麻須羅神の御子であるならば、無くなった弓矢よ、出てこい」という母神の言葉にでてきた「麻須羅神」は、「マスラ神」と読みます。

おそらく「マスラ神」は「ミスラ神」と関係があるのでしょう。
「ミスラ神」は「ミトラ神」とも言い、元々アーリア系遊牧民の神でヒンズー教、ゾロアスター教の中でも崇拝された、極めて古い信仰です。

ミトラ神は水辺の洞窟(岩屋)で、冬至の日に生まれたとされ、この日に生誕祭が行われます。
この信仰をキリスト教が引き継いで、クリスマスの起源のひとつとなりました。
(なおクリスマスは、「降誕を記念する祭日」ではあっても、キリストの誕生日ではありません。)

さらに潜戸に夏至の朝日が射し込むという事は、冬至の夕日が反対側から射し込む可能性が高いという事でもあります。 ただし、冬の日本海に遊覧船はありませんから、確かめるのは困難です。

  ☆

クリスマスの起源とこの潜戸の伝説が、同じ系統の古代文化だとしたら・・・・。

出雲神話とミスラ神話。
いずれにしろ、なんとも不思議なつながりですね。


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コメント

No title

 ん~。シーカヤックなら参拝にいけそう・・・。

Re: No title

冬の日本海は手ごわいですから、ちょっと流されたと思ったら、能登半島あたりまで来ていたとか・・・・(^^♪

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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