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元伊勢 籠神社と真名井とユダヤの奇妙な謎

これは、元伊勢として有名な京都府宮津市の籠神社です。
(境内は撮影禁止)


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神社ホームページによれば、神代の昔から奥宮の眞名井原に匏宮(よさのみや)と申して豊受大神をお祀りしてきたそうです。
そして第十代崇神天皇の時、天照大神が倭国笠縫邑から遷り、豊受大神を吉佐宮(よさのみや)という宮号で四年間一緒に祀ります。
そしてその後、天照大神は第十一代垂仁天皇の時に、また豊受大神は第二十一代雄略天皇の時にそれぞれ伊勢に遷ったとされています。

つまり、天照大神と豊受大神を四年間一緒に祀っていたことから、元伊勢と言われるわけですね。

有名な天橋立は、籠神社の参道とされます。


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天橋立観光協会様HPより


また籠神社には、日本最古の系図「海部氏系図」(国宝、平安時代の書写)が残されており、彦火明命を始祖(初代)として82代の現宮司までの名が伝えられています。


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ウィキペディアより


さて、何とも神秘的な籠神社にかかわる資料を社務所で探していたところ、こんな本を発見。


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著者は海部姓の現宮司様ですから、代々伝わる極秘情報がそれとなくちりばめられている可能性があります。
さっそく1500円を払って手に入れました。
まあ書名に「神道哲学」という言葉がありますから、小難しい理屈ばかりで具体的な情報はないかもしれません。
ところか予想に反して、驚くべきことや刺激的なことがいろいろと書いてあったのです。

まず驚いたのは、「真名井(眞名井)」の語源です。

P.36
「天の眞名井の水とマナの言霊の神秘」
という小題の文は、こんな風に始まります。

 当神社の奥宮の境域は古来眞名井原と呼ばれています。そこに悠遠の神代から豊受大神が海部宮司家の大氏神として祀られ、さらには崇神朝には倭から幽契に依ってとがお遷りになって、両大神を同殿に祀って吉佐宮と称しました。

その眞名井原にある、眞名井神社。


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今では、社殿さえ撮影禁止。磐座は社殿に取り込まれ、遠くから見る事さえできません。
今となっては貴重な、かつての磐座です。


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豊受大神と天照大神が祀られていたのですから、眞名井原はまさに元伊勢の地。
いわば伊勢神宮の起源にかかわる聖地なのです。

それにしても、「眞名井」・・・なんと清らかで美しい響きなのでしょう。日本の古代信仰の原点を表す言葉かもしれません。
さらにこんな文も。

眞名井原は、天上の聖域眞名井の地上の雛形であると代々伝えられてきました。全国に眞名井の地名は十数ヶ所ありますが、伊勢神宮の故地としての眞名井原の地名は当宮のみです。

まさに、全国の眞名井の中心なのですね。
ではいったい、眞名(マナ)とは何なのでしょう。きっと古神道らしい奥の深い意味があるはずです。

ところが、ところがなのです。
海部宮司様は、P.37にこう書かれていました。

そもそも“マナ”とはメラネシア地域に土着している語で、「打ち勝つ」、「勢力ある」などの意味で、未開社会の宗教に於ける、非人格的な神秘的・超自然的力を指し、人間・霊魂・動植物・無生物にこもり、転移性と伝染性を特色としています。
(中略)
その範囲は南太平洋の島々で、パプア・ニューギニア、ソロモン諸島、ニューカレドニア等となっています。

衝撃でした。頭がクラクラします。
これはもう、比較神話学の吉田敦彦や大林太良の世界。
神道哲学のイメージではなく、開明的でアカデミックな世界なのです。

「マナ」をウィキべディアで確かめても、ほぼ同じでした。

マナ(mana)は、太平洋の島嶼で見られる原始的な宗教において、神秘的な力の源とされる概念である。人や物などに付着して特別な力を与えるとされるが、それ自体は実体性を持たない。元々は、メラネシア語で「力」という意味である。

つまり、神秘の元伊勢「眞名井」とは、メラネシア語だったというのです。
海部光彦宮司のご尊父様は、神職のかたわら神道言語を研究されていましたから、きちんとした理論的根拠もあるのでしょう。

しかしさらに驚く記述がありました。
マナの有名な事例として、旧約聖書の出エジプト記第十六章に出ている“マナ”をあげておられます。
ここに登場するのは、あのモーゼ。


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ウィキペディアより


ユダヤの三種の神器のなかに「マナの壺」がある事から、日ユ同祖論などの研究家がたくさん押し寄せたことも書かれています。

今より30年位前から、ユダヤの十部族の内の一部族が古代に日本列島に来ているのではないかと考える一団の熱心な好古者が増え始め、当神社にもその方々がたくさん押し寄せ、眞名井とマナとの発音の関係性について随分質問されましたが、所詮偶然の一致と答える外はありませんでした。

いや、そんなことがあったのですね。そりゃそうでしょう。日ユ同祖論その他の極端な立場から発せられる質問に「その可能性もあります」と答えて、籠神社にメリットがあるとは思えません。
敬神の気持ちを持って籠神社の歴史を探求する人ばかりではないでしょう。


単なる謎解きの手段として、宮司様の発言が大げさに宣伝される可能性があるのなら、「偶然の一致」とするほかはありません。賢明なお答えだと私は思います。

ただ宮司様は、このエピソードの後でこう書き添えておられます。

・・・日本の縄文時代末期から弥生時代にかけて、古代世界の優秀な文化が太陽崇拝と東方憧憬の大潮流に乗って、極東の小島日本に東遷し、或いは漂着したのではないでしょうか。

とりたててユダヤ文化というのではなく、シルクロードが様々な異国文化を運んできたように、ユダヤ文化を含めた西方世界・南方世界の文化が日本の神道にも影響していると考えておられるようですね。

ところが比較神話学的な視点で神道文化を見ると、伊勢神宮関連だけでも実はかなり大きな問題が次々と出てきます。


  つづく


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古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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