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知られざる古代出雲の聖地とは?

荒神」というと、台所の神様をイメージする人も多いと思います。
しかし、こんな場所にも、荒神様が・・・


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対岸には、不思議な露岩もあるようです。
どう見ても、ここは台所と関係がなさそうですね。



滋賀県彦根市の荒神山にも、古い巨石・磐座信仰があります。
まずは山麓の蛇岩。


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山中にある稲村神社にも、境内に堂々たる磐座がありました。


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やはり、荒神は必ず台所の神様だというわけではなさそうです。

ウィキペディアの「荒神」には、こんな説明がありました。

神道から解くにしても仏教から解くにしても、「荒神」という名称の由来も、民俗学が報告する様々な習俗や信仰形態、地方伝承なども、十分に説明できる説は存在しない。極めて複雑な形成史をもっていると考えられている。

  ☆

荒神という神が古い原始信仰の系譜をもつとすれば、古代史を塗り替えたあの遺跡にも、重要な視点が加わります。
それは、出雲の「荒神谷遺跡(こうじんだにいせき)」です。


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荒神谷遺跡からは、何と銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本が出土しました。
これらの遺物は隣接する「荒神谷博物館」と出雲市大社の隣に建つ「島根県立古代出雲歴史博物館」に常設展示されています。


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この遺跡の発見は日本古代史学・考古学界に大きな衝撃を与えましたが、いったい何のためにこれだけ大量の銅製品が埋められたのか、不思議なことにいまだ分かっていません。

ところで、私が現地で気になったのは、誰も気にしないこんな岩。
意味ありげに見えるのですが・・・


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手前の岩は、供物台のような小型の岩が付属しています。巨石信仰の典型的なパターンかもしれません。


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さらに、この緩やかな谷の上には、車道をこえたところに、こんな場所がありました。
山の中に、まさかと思う広い平地です。


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案内板と鳥居が見えます。


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ここは「荒神」で、「宮居の場」だという伝承があったものの、戦国の騒乱で忘れ去られたと書かれています。
なるほど、この広い平地の意味が分かりました。ここには、巨大な神社あるいは出雲の祭祀王?の住居があった可能性があるのです。

銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本という、膨大な量の武器・祭祀具を支配した人物に関わる重要な場所であったのでしょう。

さて、鳥居の奥に何があるのでしょうか。少し登ってみます。


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注連縄を巡らせた、三つの巨石です。
グーグルの地図には、「荒神神籬」と記されていました。

中央の岩には、スサノオの神名が刻まれていて、いつごろからのものかは不明です。
説明版の通り、天保六年に据えられた岩かもしれません。あるいは、もともとあった磐座に神名を彫ったのか。

いずれにしろ、三尊形式の磐座は、下の例でわかるように、大変古い様式でしょう。


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それにしても、飢饉から救ってもらう祈願なら、きちんとした神社がいくつも付近に鎮座しています。
なぜこんな空き地に、わざわざ祈願場所を作ったのか。

それはここが、きわめて神様に近い、古代からの聖なる場所だったからでしょう。
荒神谷遺跡の存在意義は、この荒神様からも考えられるべきだと思いました。


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コメント

No title

こんにちは。。。
荒神
なぜ荒ぶる神なのにどこへ行っても説明は
台所の神様なのかいつも疑問でした・・・
元々の存在は違ったのに時代を経るうちに
神に対する解釈が変化していったのでしょうか。。。
お邪魔いたしました。。。

Re: No title

聞くところによると、荒神さんは祟りのきつい場合も多いそうです。台所の神様というだけでは、なかな解釈が難しいのが実情ですよね。
「荒ぶる神」という理解の方が似つかわしい気がします。

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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