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あまりに壮大なご神体・福島県の巨石・磐座信仰

岩手県には、縄文時代から続いているかもしれない、起源不明の巨石・磐座信仰がいくつもありました。
実は福島県も同じです。

おそらくは日本の神社信仰の源流のひとつが、岩手県と福島県には色濃く残っていると感じています。
日本神話に「草木がよくものを言う時」と表現される、原始的アニミズムの時代からの古い信仰なのでしょうね。

  ☆

福島市小倉寺の五輪石稲荷神社は、JR南福島駅に近い、都市近郊のお稲荷さんです。


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その小さな社殿の背後には、驚くべき造形の巨石が積み重なっていました。


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下から三段は、阿武隈花崗岩の頂部露出部分が節理と風化で隙間が開き、積み重なったように見えるものという説明が可能ですが、上部はすこし様相が異なります。
他所からわざわざ運んできて、積み重ねた可能性があるように思います。

祭礼の後片付けをしておられた方と話した時、
「自然にできたのか、人工的なのかはわからないけど・・・」
と言っておられたので、やはり地元の方も人工的に積んだ可能性を考えておられるようでした。
伝説や出土物などないか、ネットでいろいろ検索しましたが、何の情報もありません。
稲荷信仰が入る前は、果たしてどんな信仰があったのか、興味の湧くところです。

  ☆

福島県郡山市西田町の鹿島大神宮は、天応元年(781年)9月15日に、現茨城県の鹿島神宮より勧請したのが始まりとされます。


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この境内には、天然記念物の『ペグマタイト岩脈』があり、神聖視されていました。


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背後の丘の頂上付近にも、やはり白い岩が密集しています。


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本殿の背後とその上にあるのですから、辺津磐座と奥津磐座の関係でしょうか。
この白い岩が本来のご神体であったことは間違いないと思います。

茨城県の鹿島神宮より勧請したという歴史は、村のよろず屋がローソンやセブンイレブンに衣替えするのと同じです。
大手の傘下に入る前は、どんな名前でどんな営業形態であったのか。
ここもまた、土着の信仰形態に興味が湧くお社でした。

  ☆

田畑と里山の何気ない風景の中に、その威容を誇るのが、福島県石川郡浅川町の「破石(われいし)」です。
単立する「聖なる岩」としては、日本最大級でしょう。


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連縄の重さ、長さを考えると、少人数で簡単に張れるような規模ではありません。
確固とした巨石信仰があるようですが、周囲に民家はなく、現地情報は得られませんでした。

横から見ると、意外にも2つに分かれています。


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なるほど、これが破石という名前の由来なわけですね。

  ☆

福島県郡山市西田町に鎮座する日枝神社(ひえじんじゃ)。


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その社殿前には、何とも奇妙な巨石があります。人か動物か、何かしら生き物の顔のようなものに、社殿が睨まれているようです。


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この不思議な顔は、何を見ているのか?


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本殿の奥を覗くと、岩盤に開いた洞窟がありました。


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もちろん、この洞窟には入れません。
いったいここには、どんな信仰があったのか。
ネットには情報がなく、謎のままです。

  ☆

福島県二本松市の天台宗真弓山観世寺。


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境内に、不思議な巨石群があります。
ここには、浄瑠璃の『奥州安達原』の演題にもなった、黒塚伝説がありました。


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こんなすき間も。


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その昔、岩手という女性が京の都の公家屋敷に乳母として奉公していました。しかし、彼女の可愛がる姫は生まれながらにして不治の病におかされており、5歳になっても口がきけません。

姫を溺愛する岩手は何とかして姫を救いたいと考え、胎児の生き胆が病気に効くという易者の言葉を信じ、生まれたばかりの自分の娘を置いて旅に出ます。奥州の安達ヶ原にたどりついた岩手は、この岩屋を宿とし妊婦を待ちました。

長い年月が経ったある日、若い夫婦がその岩屋に宿を求めました。
妻は妊娠していて、ちょうどその時産気づき、夫は薬を買いに出かけました。またとない機会です。
岩手は出刃包丁を取り出して女に襲い掛かり、女の腹を裂いて胎児から肝を抜きました。
ところが女が身に着けているお守りを目にし、岩手は驚愕します。それは自分が京を発つ際、自分の娘に残したものだったのです。

たった今自分が殺した女は、他ならぬ我が子だったことがわかり、岩手は精神に異常を来たします。
それ以来、旅人を襲っては生き血と肝をすすり、人肉を喰らう鬼婆と成り果てたのです。


この極悪非道な猟奇犯罪の史料が、境内の黒塚宝物資料館に展示されています。
安達ヶ原の鬼婆伝説を解説した掛け軸や絵、鬼婆が実際に使用したと言われる出刃包丁、鬼婆を埋める時に使用した鍬、さらに食べた人間の骨を入れた壺などが展示されているのです。
ところがその壺はなんと、縄文土器や弥生土器で、鬼婆に食べられた人の骨も出ていました。
しかしよく考えてみると、土器と人骨が出土したなら、ここは縄文遺跡ではないのか?

今のようなきれいな宝物資料館が無かった昭和の昔、恐らくは先代の住職様に食い下がりました。
「縄文土器と古い人骨が出たなら、ここは縄文遺跡だと思うのですが。」

ご住職のお答えは、
「いや、たまたま土の中から見つけた壺を、食べた人間の骨を入れる道具として鬼婆が使っていたのです。その壺が、縄文土器だっただけです。古代の遺跡ではありません。」

ていねいに説明してくださった先代のご住職様には申し訳ないのですが、ここは縄文時代から続く巨石祭祀の遺跡だと勝手に思っています。

  ☆

福島県の巨石・磐座信仰の一部をまとめましたが、いかがでしょうか?
まちがいなく、本州西南地域の大都市圏からは失われた、原始的・神秘的な自然信仰が垣間見えます。


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コメント

今晩は

福島県の巨石文化、興味深く拝見しました。
安達ケ原は芭蕉も寄ってますね。
我が守山周辺は土偶の出土が全国的にも多いようです。
縄文人にとっては住みやすかったのでしょうね。
近くの荒小路遺跡から出土したハート形土偶は大英博物館にまで出張しました。
近くの鴨打遺跡から出土したハート形土偶は全国出土800体のうち120個を占めるそうです。

Re: 今晩は

イングリシュガーデン 様

> 近くの鴨打遺跡から出土したハート形土偶は全国出土800体のうち120個を占めるそうです。

貴重な情報ありがとうございます。
いろんな巨石信仰も、縄文時代の多様な文化のひとつなのかもしれませんね。関西の縄文文化は地味で目立たないので、芸術的な縄文文化は憧れです。
またそのうち、岩角寺や浄土松公園などもまとめで出したいと思います。

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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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