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出雲大社の奥地にある不思議な聖地群

日本を代表するお社のひとつである、出雲大社。


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コロナ騒ぎが収まったら、休日などはまた、車と人でいっぱいになるのでしょうね。

ところが、この背後の山地から日本海にかけては、ほとんど人の行かない不思議なところがいくつもありました。


  ☆


出雲大社の本殿と神楽殿の間には、車一台は通れそうな道が奥へと続いています。


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ここを登って行くと、猪目峠です。そこで道は左右に分岐します。

右へ降りていくと、猪目漁港と美しい砂浜に出ます。


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ここには、「出雲国風土記」で知られる「猪目洞窟」がありました。

普通に車やバスで行くと、出雲大社と猪目洞窟はずいぶん遠いのですが、直線距離ならわずか4㎞少々。
昔の人はこの道を歩いたはずです。

つまり単純化して言うなら、出雲大社の奥はこの洞窟なのです。


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現在は、その一部が漁業関係の物置になっています。

その奥です。


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ここは島根半島北西部の西側断崖下にある、凝灰岩を海食した洞窟遺跡です。

1948年の漁港修築工事に伴い、同洞窟内の土砂を採掘中、弥生時代から古墳時代にかけての人骨を十数体発見。
1700年前の女性の白骨が状態よく残っていたという特異な遺跡です。

腕には貝和がはめられ、稲籾入りの須恵器などの副葬品が埋められていたそうです。また木器、貝類、獣骨、灰なども見つかっていて、その遺物は現在出雲市大社町の公民館に保管されています。


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さらにこの洞窟は「出雲国風土記」に

「夢にこの磯の窟の辺に至れば、必ず死ぬ。故、俗人古より今に至るまで、黄泉の坂、黄泉の穴と名づくるなり」

と書かれ、
夢で猪目洞窟を見た者は必ず死ぬ、ここは黄泉の穴である
という神秘と恐怖の洞窟なのです。

子供の体なら、奥行き40mまでは入れるそうですが、夢に出てきたら大変。
僕は死にましぇーんとつぶやきながら、入口に戻りました(^_-)


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  ☆


さて、猪目峠に戻って左へ行くと、山中に御陵神社があります。
ここは、その由来や祭神がほとんどわからない、不思議なお社です。


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岩壁はやはりオーバーハングしていて、右下の隅には祠がありました。
もはや消えゆく原始信仰のお社なのでしょうか。


  ☆


猪目洞窟のある猪目町の東に接するのが、唐川町です。
ここは、前回記事にした唐竈神社があります。


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そして、この唐竈神社の東側3㎞に位置するのが、出雲市別所町にある鰐淵寺(がくえんじ)です。


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谷川を遡ります。


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そこには、浮浪滝と蔵王堂の絶景がありました。


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  ☆


なお、出雲大社西北の日御碕神社には、沖合約100mに「経島」があります。


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伝説では、アメノフキネノミコトが経島にいた時、アマテラスオオミカミが降臨し、「吾はこれ日ノ神なり。此処に鎮りて天下の人民を恵まん。汝速かに吾を祀れ」との勅命を受けて経島に鎮座したと伝えられています。


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しかし、出雲の原始信仰をうかがわせるこの島に、ヤマト王権の天照大神が降臨したとはとても思えません。
後付けの忖度でしょうか。

本来ここに祀られていたのは、大和の太陽神ではなく、出雲の太陽神ではなかったのか。
そんな気がしてなりません。


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まあいずれにしろ、出雲大社の奥地には、山中であれ海岸であれ、きわめて濃い古代の聖地が隠れているように思います。

古代出雲の聖地とは何か、それを体で感じる事のできる聖地の紹介でした。


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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