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韓竈神社に見る 日本神話と神社の解かれざる謎

今日は、このお社の話題です。


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しかしまずは、紀州(和歌山)の世界遺産・熊野本宮から。


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一方こちらは、かつて出雲大社より上位であった、出雲(島根県)の熊野大社。


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ふたつの「熊野」。
どちらもきわめて古いお社で、どちらが先なのかは諸説あって定まりません。
不思議ですね。


このパターンは、スサノオに関わる須佐神社も同様です。
こちらは出雲の須佐神社。


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一方こちらは、紀州の須佐神社。


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謎めいた太い綱が印象的ですね。

その他、紀州の最南端、潮岬にも出雲という地名があり、出雲エリアにも那智の滝があるなど、そっくりな地名がたくさんあります。


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イザナミのお墓も、両方にありました。


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上はどちらも紀州の花の窟神社です。


  ☆



さて、両地域のペアを線で結ぶと、このような関係になります。



(これらの具体的な姿は、以前の記事に書いています。)


というわけで、なぜか、紀州と出雲は兄弟のようなお社や地名が多いのです。
おそらくこのことの解明なしに、日本神話は語れないほどの事実であるにも関わらず、きちんとした論証で明快な結論を出した人はまだいないと思います。

さて、出雲と紀州の間には、イザナギとイザナミの「日本創生」の原点、おのころ島とされる場所が淡路島にありました。


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『古事記』では、スサノオは母神イザナミのいる根の国に行きたいと願い、イザナギの怒りを買って追放されたりしますが、それらの登場人物がなぜ、おのころ島(淡路島)の両側に対象的な位置関係をなしているのか?

そこには日本創世神話の謎が確実に秘められていると思います。


  ☆


で、今日の本題です。
ふと思いついたのが、出雲大社の奥地にある韓竈神社。


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単なる思い付きなのですが

韓竈神社に対応するお社や地名や伝説などは、紀州にはないのかな?

という疑問が湧いてきたのです。

まあ当然ながら、同じようなすごい絶景が紀州にもあるなら、とっくに有名になっています。パワースポットとしてもてはやされていることでしょう。
そんな話は聞かないので、同じような絶景地形の兄弟神社はないのです。

しかし、地名くらいは何か対応しているものはあるのではないか?
韓竈・・・あんまり聞かない名前だけど・・・・
そう思いながら、ぼーっと考えていると、ふと気が付きました。

それは、和歌山市内の

竈山神社

でした。

これは、和歌山市南部、竈山の地に鎮座するお社です。
「竈山」とは『古事記』『日本書紀』に見える地名で、神武天皇の兄である『五瀬命』が葬られたという由緒ある地名でした。

この竈山神社は、その五瀬命の神霊を祀る神社であり、本殿の背後には五瀬命の墓と伝える竈山墓(かまやまのはか、宮内庁治定墓)があります。


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(ウィキペディアより)


そもそも『竈』という漢字は、火を焚くかまどを表します。
そして竈山神社は、境外摂社として、式内名神大社である静火神社を所管しています。

一方、出雲の韓竈神社はどうか。
「祭神の素盞嗚命が新羅に渡られ、わが国に植林法やタタラ製法、鍛冶技術などの鉄器文化を伝えられた。カラカマのカマは、溶鉱炉を意味する」
と言われているのです。

つまり、いずれも火に関係があります。

さらに、もう一つ類似点がありました。

韓竈神社は、「岩船」伝説でも知られており、この大岩は、新羅から植林法や鉄器文化を伝えられるときに、素盞嗚命が乗られた船であるといわれています。

これが岩船です。


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つまり、岩船に乗って「植林」を伝えたとされているのです。日本書紀の一書(第四)には、スサノオはその子イソタケル(五十猛命)とともに新羅に降り、木の種を韓国に植えずに日本に播き増やした。そのイソタケルは紀伊国においでになるとの記述があります。
紀ノ国は木の国でもある所以ですね。

やはり出雲と紀州は、スサノオと植林の面でも共通なのです。

和歌山平野の竈山神社に奇岩怪石はありません。
しかし、竈という漢字からは、両社に何か深いつながりがあるような気がします。

では最後に、出雲の韓竈神社をもう少し。


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実は社殿の背後や横に、トンネルのような岩窟があります。
複雑で不思議な構造なのです。


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何とも不思議な由来と、紀州との関係。
出雲に来られましたら、ミステリアスな韓竈神社へも、ぜひどうぞ(^^♪


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コメント

熊野神社の謎

いつも興味深い記事をありがとうございます。楽しみに拝読しております。

熊野三山は、山の中にある本宮大社と、新宮市や那智の滝にある速玉大社や那智大社とはちょっと趣が違うんですよね。祭神が、本宮は素戔嗚や五十猛が主なのに、速玉・那智大社は伊邪那岐・伊邪那美・天照皇大神系になります。八咫烏は、どっちかといえば本宮に居わすような・・・。
で、五十猛は大屋毘古と同一視されることが多い。他方、五十猛は非常に暴れん坊で人を多く殺したりするらしいのですが、大屋毘古は鍛金の神様でもある。
冶金の代表格といえば、天津麻羅です。片目のタタラの神で、何となく大屋毘古を彷彿とさせます。しかも天津麻羅は何となく忌部の匂いがします。

八咫烏や金鵄に近い熊野系は、鷲をトーテムとする忌部氏と近いか同一かもという話があり、忌部が出雲に殖産興業に出かけたのは史実にあり、かつ紀伊には阿波忌部が進出したのも間違いない。で、淡路は、もとより阿波路、つまり阿波に繋がる場所ですので・・・なんて、我田引水をしていくと謎ときもできそうな気がしますが、まあ、それはそれです。

それより、素戔嗚が主になる神社は全国どこにでもある八坂神社なのですが、何故に熊野本宮に素戔嗚なのか。それと五十猛が、八坂神社では御子の扱いはあるけれどそれほど評価はないのに、熊野系では比較的大きく扱われている気がするのはどうしてか。という疑問はあります。
熊野って、本地垂迹のはしりで、平安時代の熊野詣からして何か面白いんですよね。

Re: 熊野神社の謎

鯨 様

熊野信仰は、いろいろいな要素が複雑に絡んでいて、後世の付け加えも多くて、本質がなかなか見えにくいですね。
速玉と本宮は熊野川の河口と上流なので、淡路島や阿波辺りから海人族が潮岬を越え、熊野川を遡って行ったことが本質のひとつだと思っています。那智や花の窟は、その海路の途中に美しく目立つ場所だったのではないでしょうか。
あと速玉と徐福の関係とか、頭が混乱しますね(?_?)

松江市の忌部神社、長い階段の上にある古そうなお社でしたが、磐座とか神体山とか、このブログで取り扱う原始信仰物件はほとんど見られませんでした。底知れない古さと文化を感じる阿波の忌部とはかなり違いますね。出張所だったのかな?

行ったことはないのですが・・・

さざなみ様、レスを書き込んで下さりありがとうございます。
実は愚生は出雲の忌部神社に行ったことはないのですが、東忌部町の忌部小学校の近くにある さざなみ様が何も無いと仰有るお社が本店みたいなもので、西忌部町にまさに磐座が御神体の支店?の石野宮神社があるようです。どちらの神社も、本店の宮司さんが管理されているとのこと。
https://matsue.mypl.net/mp/spiritual-spot_sanin/?sid=65434
http://www1.city.matsue.shimane.jp/machidukuri/rekimachikeikaku/wagamachijiman/index.data/inbe.pdf
それにつけても、さざなみ様がお詳しいように、出雲は石神様が多いんですよね。山陰中央新聞社の『石神さんを訪ねて』を眺めながら、いつかは行きたいと思っております。
忌部町のあたりは、大昔に忌部が移り住んで勾玉や管玉をつくっていた土地で、隣がその名も玉造です。
玉造といえば、鏡池の水占いで有名な八重垣神社(ここは何回か訪れました)。そこの御祭神は素戔嗚命と櫛稲田媛。
それが何やと言われると困るのですが、素戔嗚と熊野本宮に八咫烏、何かありそうです。

Re: 行ったことはないのですが・・・

鯨 様

いろいろ有益な情報ありがとうございます。石野宮神社、確認しました。確かにかなりの磐座ですね。ノーマークでしたので、今度出雲に行く機会があればぜひ訪ねて見ます。
八重垣神社は資生堂の椿の木がある所ですね。まだ若い女性に人気なのかな。

確かに出雲と阿波は、磐座の雰囲気が似ているところがありますね。たくさんあって、なかなか回りきれません。
コロナが過ぎ去ったら、また予定を立てたいです。

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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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