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時代は「ぽつんと神社」・コロナ時代の新たな参拝様式とは?

(京丹波市・岩山神社がメインなのですが、まずはこれから・・・・)

新型コロナウイルスに関わって『新しい生活様式』が提唱されています。
長期間にわたるウイルスとの共存が模索されるのであれば、神社の参拝様式も変わってくると思います。


提案 その①  新しい参拝様式

まずは、手水舎です。


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手水舎では、柄杓で手や口を清める作法があります。
左手と右手を清め、左手で水を受けて口をすすぎます。そして最後に、水を入れたまま柄杓を立て、自分が触れた柄の部分に水をかけて清めるわけです。

ところが現実には、柄杓に直接口をつけたり、自分が触れた柄を水で清めず、そのまま戻す人もいます。
看板で注意書きを明示しても、見様見真似の外国人観光客がその作法を守ってくれるとは思えません。

現在、手水舎を使用禁止にしたり、柄杓を撤去している神社が目立ちます。
しかし正式な「コロナ収束宣言」でも出ない限り、もはや手水舎は使わないというのが新たな参拝様式だと思います。
見かけ上の清潔さにこだわって、神社でクラスターを誘発してしまうなら意味はありません。

そもそも昔の参拝者は、清らかな川や池、海や滝などで体を清めてから神前に出向きました。
手水舎はその簡略形、つまりお手軽な作法ですから、ある意味、昔にはなかった参拝方法です。必要以上にこだわる事もないと思います。

やはり事前にうがいやアルコール消毒などで身を清め、コロナウイルスを無自覚に持ち込まないよう注意して手水舎を素通りするのが新たな参拝マナーだと思います。


次は、拝殿で綱(鈴緒)を揺らして大きな鈴(本坪鈴)を鳴らす行為です。


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鈴を鳴らすことで「鈴祓い」というお祓いをしたことになるとか、神様に参拝をお知らせして願い事を聞いてもらうためとか、いろいろな意味があるようです。

しかし、手で触れたところにいちいち消毒スプレーを散布するのは現実的ではないと思います。
もともと鈴のない古社もたくさんあり、そもそも柏手が同種の意味を持つため、鈴を鳴らすことは必須の参拝様式ではありません。
やはり鈴緒を揺らして本坪鈴を鳴らす行為は、今後やめるべきだと思います。


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その他、ソーシャルディスタンスが守られる足元表示や、マスク着用の看板など、早急に対策が必要であるように感じます。



提案 その②  人ごみのない「ぽつんとお社」へお参りしませんか!

大きくて立派でご利益もありそうで、インスタ映えもばっちり・・・
そんな神社仏閣へ行けば、確実に三密に巻き込まれます。

しかしマイナーなお社へ行くと、誰一人会う事もなく、古き良き日本文化を静かにじっくり味わうことができます。
車やバイクがあって、「ちょっとアウトドア好きかも!」「時々探検好きかも!」と自覚しておられる方は、ぜひとも
「ぽつんとお社巡り」
をなさってください。

今日は、そんなお社を紹介しておきます。

  ☆

岩山神社は、京都府京丹波市塩田谷の山麓にある、森閑としたお社です。
周囲の環境です。


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京都縦貫自動車道、丹波ICの西に塩田谷という地名がありますが、塩田谷バス停辺りから東南方向に山を入ったところに鎮座しています。最後は細い地道です。

害獣除けのフェンスを自分で開けて入ります。
すると、こんな立派なご神木。


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静かな参道を進みます。


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例の手水舎も。


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小高い位置に本殿がありました。


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周囲にはこんな磐座も。


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磐座の岩場から下を眺めます。


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沿革を調べると、祭神は大己貴命。明治6年以前は弁奈貴神社と呼ばれ、ヘナギ岩という境内の大岩に社殿を建てたのが最初とされます。
巨石・磐座信仰のお社のようですね。

その岩は本殿に接する岩のようですが、下から見ると、かなりの大きさです。


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ところが、右側にも巨大な岩が見えています。無視するには、あまりに存在感のある岩です。


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これもやはり神聖な磐座ではないのか?
そう感じて近寄ってみます。


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斜面からずり落ちそうになりながら正面に回り込むと・・・やはり、単なる露岩ではありませんでした。
独立した巨大な立石で、小型の岩が寄りかかっています。


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寄りかかった岩が三角形のすき間を作るというのは、どうも古い信仰があるようです。
ひょっとすると、こちらの巨岩の方がご神体だったかもしれません。

類例です。
これは、やはり地元の氏子さん以外ほとんど訪問する人がいない、岡山県赤磐市東軽部の大石箱畳神社です。


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おそらく、何らかの祭祀目的で作られたすき間だと思います。


次は、姫路市木場の木庭神社(きにわじんじゃ)です。


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やはり訪れる人はわずかです。


これ以外にも、超有名で超巨大な、沖縄の斎場御嶽(せーふぁうたき)もあります。


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やはりこのパターンには、大小にかかわらず古い信仰があるようです。

というわけで、決してインスタ映えしない「ぽつんと神社」にも、さまざまな伝統信仰が隠れています。
ほとんど知られていない片田舎のお社同士に、秘められた共通点を発見するのも楽しいものです。

三密のないお社巡りは、「いやーよう来てくださった」と、きっと神様に歓迎されますよ(^^♪


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コメント

No title

最近手水舎使用禁止の神社が増えましたね。
確かに新型コロナの影響で
お詣りの作法も変わってくるでしょうね。
私は近くの小さな神社にお詣りするのですが
インスタ映えするのでもなく
御朱印帳がいただけることもありません。
でも地元とのつながりや
思わぬ発見がありますよ。

No title

こんにちは。。。
人知れずな神社
大好物です♪
時代に取り残されたかのような神社・・・
辛うじて地元の氏子に維持されているような神社・・・
森に囲まれ人が参拝に訪れることもほとんど見かけない
そんな俗世から離れた静かな神社で過ごすことが大好きです。。。
お邪魔いたしました。。。

Re: No title

tor 様

やはり近所の小さなお社の良さを発見するのが一番ですね。
大きな神社では、なかなか質問しにくい雰囲気があったりします。小さなお社では、氏子さんの掃除当番の方とかおられたら、かならず親切にいろいろ教えて頂けます。地元のお社の由緒とかを調べてゆっくり参詣するには、ちょうどいいタイミングですね。

Re: No title

ViVid Mr.K 様

「ご神木でも磐座でも、見栄えする写真が撮れるのがいちばん。大事なのは見かけだな。」なんてよく冗談半分に言ったりしています。でもこれじゃ、ジャーニーズのおっかけと変わらないですね。
時代に取り残されたかのような神社・・・いいですねえ。

♬~目立たぬように はしゃがぬように 似合わぬことは 無理をせず 人の心を見つめつづける 時代おくれの男になりたい

河島英五さんの歌を思い出しました(^^♪



そのよさが、写真で表現できたら素敵だと思っています。

消えていく信仰

さざなみ様、いつも美しい写真と興味深い記事をありがとうございます。
ぽつんと神社、愚生の周囲には数えきれないくらいあります。
昔は大勢が住んで小中学校の分校が設置されるくらいの人口があった集落の多くが、消滅したか限界集落になり、磐座が元々の信仰の場だったろう山中の神社は打ち捨てられつつあります。お祀りするのがしんどいので、地神塚だけ山から人里に下ろしたところもあります。ぢじんさんは下記にあるようなものです。
https://sueyasumas.exblog.jp/24033367/

規模が結構大きいのに、国土地理院地図に掲載されないお社も増えてきました。一方で、道路からかなり奥まったお社も、ググるマップが拾い上げているのが不思議です。
愚生は山歩きが好きなので、里山の荒れた尾根道もちんたら歩くのですが、昔の峠には小さいお地蔵さんがあって思わず手を合わせてしまいます。

日本人は、何か大事なものをどんどん失っている気がします。リニア新幹線に何兆円もかけなくても良いし、サルやタヌキやシカの総数がヒトの何十倍何百倍も多い地区に高速道路は必要ない。でも、山の急斜面に昔ながらの棚田を維持する農家の人達や、価格が下落して採算がとれない山林にスギやヒノキを育てている林業家に、もっと国がお金を出すとか、農林業の従事者を準・公務員扱いにすれば良いのにと心から思います。大きなダムや、巨大な堰や放水路をつくるより、よほど費用対効果の良い治水ができると思うんですけれど・・・。

Re: 消えていく信仰

鯨 様

いやー、阿波にはなんとも不思議なものがたくさんありますね。暮岩神社もなんだかワクワクします。
それにしても、インスタ映えに世界遺産にパワースポット、派手なのばかりが流行って、地方に残る大切な文化が失われていくのは
おかしいですね。
コロナのおかげで都会中心の生活が変化して、一極集中でない国家への転換がはかられたらいいのですが・・・・やっぱり無理かな?

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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