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星ケ見岩と御嶽山と北辰信仰・その謎めいた関係をさぐる

前回は、北斗七星と北極星の話題でした。


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(アラスカ州旗・ウィキペディアより」


北辰信仰、妙見信仰は、玉皇大帝・北極紫微大帝・妙見菩薩・鎮宅霊符神・天之御中主神など、様々な神仏の形で私たちの前に現れます。

下は、孝明天皇の袞衣で、背中の上部に北斗七星が描かれています。

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(ウィキペディアより)

これらには、道教、密教、陰陽道、神道などの要素が混交しており、かなり複雑です。一筋縄にはいきません。

  ☆

「事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ!」
というのは、織田裕二扮する青島刑事の名セリフですね(^^♪

このセリフをモットーに、たとえ千年前、二千年前のことであろうと、現場へ行けば何か新たに得るモノが残っているはずだという精神で、あちこちうろうろするのがこのブログです。

その実感から言うと、北辰信仰・妙見信仰は、新旧問わず驚くべきスケールでしばしば現れてきます。
たとえば能勢妙見の建築物。


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そして、その対極のように見える、香川県三豊市仁尾町の妙見宮。


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ここでは、岩のすき間から暗いトンネルの中へ入ります。


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そして出口。


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岩のすき間から入れるのは、ここも同じです。
岐阜県中津川市西山の星ケ見岩。


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何とも不思議な岩間の通路。


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その奥に入ると、三方が岩の壁。なんとも奇妙な部屋です。


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北側には、まるで天文台のようなすき間がぽっかり開いています。


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昼間でも星が見えるという伝説があるのですが、それは北極星だとされます。


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  ☆

昨日の記事で述べたように、高野山奥の院の真北には、観心寺の北斗七星がありました。
では、この星ケ見岩のすき間の向こうには、何か特別なものがあるのでしょうか。

ふと気になって、岐阜県の地図を調べてみました。
すると、真北方向遥かには、御嶽山(3067m)があったのです。


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上は、木曽駒ケ岳の2600m付近から見た御嶽山です。

木曽御嶽といえば、富士山と並んで日本の山岳信仰を代表する「聖なる山」として知られます。
尾張藩の儒学者・松平君山が宝暦3年(1753)に著した『吉蘇志略』によると、
御嶽山に登る者は4月から75日間の潔斎に入り、やっと祭礼の翌日、神主の先達のもとに信仰登山を許される
という特別な山でした。もちろん女人禁制です。

それにしても、星ケ見岩から御嶽山まで、直線距離で約40㎞。
果たしてこの辺りから御嶽が実際に見えるのでしょうか?

いろいろ星ケ見公園を調べると、星ケ見岩付近から坂道を登っていったところに御嶽遙拝所という大岩があり、「御嶽神社」の祠があることが分かりました。
樹木等がなければ、星ケ見岩のすき間からも御嶽山が見えたと思います。

ひょっとすると星ケ見岩には、御嶽の上に輝く北極星・北斗七星への信仰が隠されているのでしょうか?

これは、星ケ見岩の北側を流れる木曽川です。この大河を遡って行けば、御嶽山麓に至ります。
源流が御嶽なら、かかわりがあって当然。


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  ☆

もう一つ。
星ケ見岩の奥、岩に三方を囲まれた部屋は、北を向いているためにほとんど日光が射しません。
ただし、太陽がほぼ真上に来た時に限り、部屋全部に太陽が射します。

太陽が最も真上に来る時・・・それは夏至の南中時、お昼12時ころです。その日を境に、たとえ正午でも少しずつ太陽が斜めになり、部屋の影が増えていくわけです。考えてみれば不思議ですね。

またこの近くには、冬至の赤い夕陽が沈むのが見事に観測できる立石群もあると聞きます。

キャンプや登山に使う折りたたみナイフは、物を切るだけでなく、缶切りやドライバーなど、多様な機能があります。
この星ケ見岩周辺も、北辰信仰・妙見信仰だけでなく、マルチな謎が秘められているのかもしれませんね。

  ☆

ミルチア・エリアーデの『世界宗教史』の第二章には、こんな記述があります。

北アジアの人々のユルトやテントがあらわす宇宙論的シンボリズムはよく知られている。すなわち、天空は中央柱で支えられた巨大なテントとして考えられており、テントの棒や上部の排煙用の穴は、世界柱とか「天の穴」すなわち北極星と同一視されている。この開口部は「天の窓」ともよばれる。

なんだか私には、星ケ見岩とダブります。

日本神話の中心部たる天孫降臨神話は、比較神話学的には北方ユーラシア系の神話だとされます。
北辰信仰・妙見信仰の起源も、インドや中国との比較のみならず、北方ユーラシア系の原始的な信仰、ひょっとすると石の信仰も交えて日本に入っているのかもしれません。


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うーん、やはり北辰・妙見信仰は複雑怪奇ですね。謎は大きいと思います。


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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