記事一覧

蛇塚古墳・太秦の住宅密集地に巨大な石室が!

下は、飛鳥の「石舞台古墳」です。これに匹敵するくらいの巨大な石室が、京都の太秦にありました。所在地は、京都市右京区太秦面影町。ここは京都府下で最大規模の後期古墳で、巨石を用いた横穴式石室がむき出しになっています。ここが石舞台といちばん違うのは、住宅街の真っただ中という、異様な立地です。面影町(おもかげちょう)という、とてもロマンチックな名前なのに、なんでこんなにぎっしり住宅で囲まれているのか、実に不...

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宝光山座禅岩・知られざる縄文巨石群か?

昭和の昔、道路地図といえば「和楽路屋」の分厚い全国地図でした。赤い表紙で、とても重かったのを覚えています。その地図の長野県南部に「宝光山座禅岩」という表示がありました。中央アルプスの山の中で、簡単には行けそうにないのですが、わざわざ道路地図に書かれているのには理由があるはずです。どうもこれが気になっていて、長野県に旅行に行ったとき、この辺りに寄ってみました。すると飯島町の中央高速道路わきに、「宝光...

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吉備の楯築遺跡とケルト文化・奇妙な類似点は偶然か?

「信じるか信じないかは、貴方次第!」というレベルの話なのですが、まあ頭が柔軟でお時間の許す方は、ちょっとお付き合いください。このブログには、磐座信仰や古代巨石信仰がたくさん出てきます。撮影した地点の数で言えば、おそらく日本で20番目くらいには入る物好きマニアだと思っているのですが、その私が「これはありえない!」と思うのが、前にも書いたように岡山県倉敷市の楯築遺跡(たてつきいせき)です。説明のしよう...

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邇邇芸命 最初の宮跡・密林に覆われた宮ノ山遺跡

密林に覆われた遺跡といえば、マヤ文明を思い出す方もいらっしゃるでしょうね。しかし九州の西南の果てには、密林の中に不思議な遺跡があります。鹿児島県南さつま市笠沙町の宮ノ山遺跡です。ここは、邇邇芸命(ニニギノミコト)の最初の宮跡と伝えられています。さて、日本神話の「天孫降臨」では、天照大御神の命により、ニニギノミコトは葦原中国を統治するため高天原から地上に降りたとされます。その際、「古事記」には「此処は...

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なぜここに卑弥呼の箸墓があるのか、その答えです!

ふるさとの山に向かひて 言ふことなしふるさとの山はありがたきかないうまでもなく、石川啄木の「一握の砂」に収められている歌です。「岩手山だかなんだか知らんが、ただの山に、ありがたきかな なんて言う人の気が知れない。この歌は変な歌だ。」などという日本人は、極めて少数だと思います。久しぶりに帰郷した時、幼いころいつも見ていた山が車窓から見えてきた時の安堵感や懐かしさは、ほとんどの人が理解できるはずです。...

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プロフィール

sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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