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記事一覧

八雲立つ須賀宮と石坐の神山

先日、『播磨国風土記』に登場する「石坐の神山」を紹介しました。二つの巨石の奥に、本殿(岩壁)が位置する配置です。この麓の地名は、須加院または奥須加院です。須加はスカまたはスガで、この地名パターンは、遠く離れた出雲にありました。それは、須我神社(すがじんじゃ)です。この須我神社は、天平5年(733年)の『出雲国風土記』大原郡条に記載されている「須我社」に比定され、須佐之男命が八岐大蛇退治の後に建てた宮殿が...

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卑弥呼の鏡とアマテラスと伊勢神宮

昨日の続きで、鏡の話題です。100円ショップでも多種多様な鏡が買える現代と違って、弥生時代の人々の暮らしに鏡はありません。古代に鏡を持つ者は王者でした。新品の十円銅貨のような輝きを放つ、ピカピカに磨かれた銅鏡の反射光で人の目を射れば、太陽神を味方につけた「日の御子」として人々の崇敬を受けたでしょうね。さて、NHKの「歴史秘話ヒストリア」では、内行花紋鏡の中心部にある半球部分を太陽としていました。当然でし...

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これが卑弥呼!・アマテル神と巨大銅鏡と太陽信仰

大阪府和泉市池上町の大阪府立弥生文化博物館は、弥生時代を専門に扱う全国初の博物館です。その中に、あの有名な卑弥呼さんがおられました。もちろんこの衣装も、中国や日本の古代史専門家によって作られました。さらに、卑弥呼のムラや宮殿も。いちばん奥が、卑弥呼の居住したところのようです。ちなみに、卑弥呼さんのお食事も展示されていました。おうおう、ええもん食べとるやないか。うちの晩御飯よりおかずが豪華やないか、...

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石坐の神山・風土記の人々は何を神としていたか?

『播磨国風土記』に「石坐の神山(いわくらのかみやま)」という、いわば古代の聖地が記されています。いったい風土記の時代に、人々はどんなところを神の座としていたのか、それを探訪しましたので報告します。兵庫県姫路市の香寺町と夢前町を結ぶ県道80号線は、くねくねと山間を走る狭い道路です。もし夢前町側から行けば、1921年(大正10年)に完成した、レンガ造りの相坂トンネルを通ることとなりますが、これがまた小型車1台...

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対馬の「オソロシドコロ」・畏怖すべきタブーの地とは?

2010年4月1日放送の「奇跡体験!アンビリバボー」(フジテレビ)で、対馬の「オソロシドコロ」が取り上げられたそうです。ヤフー急上昇キーワードランキングで1位になるなど、大変話題になったようですが、「オソロシドコロ」とはいったい何なのでしょう?実はそれ、、1300年もの間、何人も足を踏み入れてはならない神聖な場所だったのです。沖縄の聖地を昨日は紹介しましたが、まったく雰囲気の違う、まさに恐ろしいタブーの地が...

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プロフィール

sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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